あいつの気持ちに気づいたのは一昨年の冬、高校野球生活ではじめてのオフシーズンに入った俺達の気持ちやら時間やらに、少しだけ余裕ができていた頃のこと。
ある日唐突に入ってきたビッグニュースと共に、それはやってきた。




痛みの理由は俺だけが知っている




門田に彼女ができた。
しかもなんと相手はA組のアイドルと名高い宮本さんらしい。
その驚くべきニュースは同期に一斉に広がった。

野球をするためにここに来て、思った以上の練習量に他のことは何も考えられない……とは言いつつ、やっぱり彼女が欲しいのはみんな同じだったから、栄えある彼女持ち第一号に輝いた門田は、必然的に囲まれることになる。
「まじで?なあ、まじで?」
「宮本さん超可愛いじゃん!お前どんな手使ったの?」
「門田に先越されるとは予想外だったー!」
「おかしい。宮本さんはきっと俺と門田のことを勘違いしているに違いない」
夏をともに過ごしてすっかり気心の知れた仲間たちは、容赦ない台詞を門田にぶつけまくっている。それは笑いと祝福を多分に含んでいて、それをちゃんと解っている門田も軽口を返したりどついたりしながら笑っていた。



あの時。大騒ぎの仲間の中、なぜ楠木に目が行ったのか。
偶然なのか、必然なのか。それは今でもわからない。
ふと輪の中心から視線を外したその時、端の方に居た楠木の顔に焦点が合った。
あいつは。祝福とからかいの笑顔の輪の中で門田に目を向けながら、ほんの一瞬だけ酷く痛そうな顔をした。
どうしたんだろう。なんとなくその表情が気になって楠木の顔を眺めていたら、視線を感じたのか楠木がこちらへと視線を向けて。
目が合った瞬間、あいつの表情を見たときに。
何故だか、全てが解ってしまった。


楠木は驚いたように一瞬目を見張ったあと、自嘲するような苦笑をこちらへと投げかけてきた。その表情を見て、『俺が理解したこと』が楠木にも伝わってしまったのだと気づく。
どうしようかと躊躇う俺にもう一度、今度は柔らかい笑みを送ると、楠木は俺からすいっと視線をずらして輪の中心へと戻した。
その表情は常と何の代わりも無く。仲間に混じって門田をからかいながら祝福するあいつの表情には、先ほどまでの刺すような痛みはカケラも残っていなかった。






自主練を終えた後、俺達は時々ふたりだけで喋る時間を持つようになった。
それはつまり、同じく自主練をともにする門田が彼女に連絡を取りに外れるためにできるものであって。ほぼ毎日訪れるこの時間は毎回楠木を傷つけているのだろうと、時々たまらない気持ちになる。
気遣う俺を逆に宥めるように、楠木は逆にこの時間があるのはありがたいんだと笑った。
「おかげで坂井に思いっきり愚痴れるからね」
冗談交じりにそういう言葉に、俺も冗談っぽく返す。
「お前、俺の迷惑も考えろよな」
……実際、冗談半分本気半分くらいの割合ではあったけれど。長く続く片想いのためか、他に喋れる人間がいないためか、楠木の恋愛話は時々くどい、というのも本音だ。
「そんなそんな。遠慮はいらないって坂井」
「何のだ!お前が遠慮しろ!」
「あはははは、やだー」
ま、仕方ねえからいいけどな。
わざと大きくため息をつくと、楠木は先ほどまで見せていたニヤけるような笑顔を引っ込めて、至極嬉しそうに笑う。
「ほんと、坂井は優しいよねえ」
「別に優しかねえよ」
「ありがとな」
「うぜえ」
礼言うくらいならたまにはポカリのひとつも奢れ。
顔を顰めてそう言ってやったら、楠木は更に声をたてて笑った。笑って誤魔化すな、ちくしょうめ。



優しくなんかない。
どうしてやることもできない。
何か気のきいたことが言えるわけでもない。
あんなに痛そうな顔をした仲間のことを、ただ放っとけなかっただけだ。
 
楠木の気持ちを楠木の口から聞いたとき。あの時も楠木は俺に「優しいね」と言った。
だからそう返したら、ヤツは静かに笑いながら「そういうところが優しいんだって」と言った。そして次の瞬間、それまでと打って変わってカラカラと笑いながらぐいっと伸びをした。
「キモがられるの覚悟してたのに、坂井全然普通なんだもんなあ。拍子抜けしちゃったよ。緊張して損したー」
軽く告げられたその言葉の中に楠木の本気が見えて、俺はなんだか苦しくなる。だけどそれもこいつに失礼だと思ったから、わざと軽口を叩いた。
「別にお前が誰を好きだろうと俺には関係ねえし」
「じゃあ松井さんでも?」
「……っ!」
先ほど交換条件のように吐いてしまった「気になる女子」の名前を、にやけ顔で楠木があげる。美形はにやけても美形なことが妙に悔しくて、言葉ではなくゲンコツで返した。
「いってえ!」
「馬鹿言うからだ」
ごめんごめんと笑いながら、殴られた頭を摩りつつ楠木が俯く。
手加減したつもりだったけど、思ったよりも痛かったんだろうか。少し慌てて謝ろうと俺が口をあけたその瞬間、楠木が俯いたままぽつりと言葉を漏らした。
「……ありがとう」
水気を含んだその声が胸に痛くて、俺は「……おう」と返事をして右手を伸ばし、ほんの少し癖のある髪を少し乱暴にかき混ぜた。楠木の涙が止まるまで、何度も、何度も。




あれから二年。
驚くべきことに、門田と宮本さんの仲は続いており、学年の中では有名なカップルになっていた。
口の悪い同期は、宮本さんの趣味はおかしいといまだに文句を言ったりしている。学年があがるごとに宮本さんの可愛さが増しているのも、やつらには余計に悔しいことなんだろう。
「意味わかんね、まじで意味わかんね」
今日もまた、先日たまたま宮本さんと言葉を交わしたらしい奴が、納得いかないという顔でぶつくさと文句をたれている。本人不在ならどうかと思うが、輪の中にしっかり門田もいるため、不満というよりも話のネタなんだろう。
「門田のどこがいいのか聞いたらさー、頬染めちゃって、カッコイイところとか言うわけ!宮本さんの目はおかしい!俺の方が門田の百倍カッコイイ!そしてほっぺた赤くなった宮本さんは可愛かった!」
だめだこいつ馬鹿だ!
おめーよりは門田のが百倍カッコイイだろアホか。
周りにアホ扱いをうけながら叫ぶ同期の頭を殴りつつ、門田は余裕の顔で笑っている。その余裕が悔しいような羨ましいようなで、余計に周囲から声が上がる。そうやってやんややんやと声が上がる中、俺も周囲に突っ込みを入れる中、楠木も口を開いた。
「宮本さんは見る目あると思うよ」
門田カッコイイもんね。
しみじみと語るその声に頷く者、否定する者。更にヒートアップする仲間の中で、楠木はいつもどおりの穏やかな笑みを浮かべていた。



「つーか俺、仲間内で彼女ができるのは楠木が一番だと思ってたんだけど」
そう言い出したのは誰だったのか。
唐突にあらわれたその言葉に、どっと周囲から賛同の声があがる。
「あー解る。俺もそう思ってた」
「確かに門田はかっけーけど、女子に伝わりづらいっていうかさあ」
「うちの美形っつったらまず楠木だよなあ」
「女子の友だちもたくさんいるし」
「告られてる回数は一番多いんじゃね?」
「後輩にオウジサマって言われてるらしいじゃん?」
どうやら誰もが疑問に思っていたらしく、一気に話題が楠木へと移る。
確かに顔が整っているうえに当たりも柔らかい楠木には男女問わず友人が多く、女子の人気は同学年からも下級生からも高かった。校外を入れたられレギュラー組には適わないまでも、校内のみで言ったらバレンタインのチョコの数が一、二を争うくらいには。 けれどそんな楠木は何故だか一度も彼女を作ったことが無い。普通に考えれば不思議に思うのは当然といえば当然だった。その理由は、俺だけが知っている。

胸がきりきりと痛んだ。
俺がそんな想いをしても仕方ないのに。
俺にそんな権利はないのに。
本当に痛いのはこいつなのに。
急に周囲からの質問攻めにあってきょとんとした顔をしていた楠木は、俺のほうへちらりと視線をやると、くすりと小さく笑ってみせた。大丈夫だと言うように。そして肩をすくめながら、おどけた表情で答えを返した。
「俺は、野球が恋人ですから」
今は女の子よりも二塁ベースと仲良くなりたいなあ。


そりゃそうだ!という賛同の声や、俺ならとりあえず誰かと付き合っちゃうけどなあという声、そうだ贅沢者め!と叫ぶ声が部屋に溢れかえる。その中に門田の声も混じっていた。
「ほんとお前かっこいいな。女だったら惚れてるかも」
その言葉をにこにこと聞く楠木の顔を眺めながら、もしもふたりになれる時間があったら、今日くらいはポカリのひとつでも奢ってやろうと思った。



優しさじゃねえ。勿論恋とかそんなんでもねえ。
ただ、放っとけないだけだ。







20100412


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き、きた、ついにきましたよ・・・!楠→門+坂の波が・・・!!!!
とととと、トウコさんが書いてくれましたんば・・・!!!!
あーもーこれだよ、楠門坂の境地!
楠門なのに楠木片想い。ナニソレモエル。
坂井1郎苦労人。ナニソレモエル。
門田先輩はひどい男だよ。は〜もえる。
トウコさんありがとうございました〜!!!!!!!




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