「増子センパイ、目ぇ瞑ってください!!!」
今日も今日とてバタンとけたたましい音を立てて扉を開けた後輩は、開口一番、帰宅の挨拶もせずにそう叫んだ。
ローテーブルに肘をついてテレビを眺めていた増子は、振り返っておかえりと声をかけた後、眉を顰めて言葉を続ける。
「沢村ちゃん、ドアが壊れるとあれほど……」
「すんません!っていうかこっち見ちゃ駄目です!目ぇ瞑ってくださいってば!」
毎度のことになっている増子の小言を遮るように沢村が再度口を開く。そのあまりの剣幕に何事かと思いつつ、素直に増子は視線を正面へと戻して目を瞑った。
「ぎゅーっと瞑っててくださいよ!ぎゅーっとですよ!!」
確かめるように何度もそう言う声に、目を閉じたままこくりと頷く。ほっとしたようなため息と共に、扉の閉まる音が聞こえた。
足音や気配で沢村が近くに来たのを感じたが、ごそごそと動く気配以外は何もわからない。
「なあ沢村ちゃん、いったい何だ?」
いつまでこうしていればいいのだろう。沢村は何をしているのだろう。
少し不安に思って問いかけても、沢村はいいからちょっと待っててくださいと言うだけで。
怒られてもいいから目を開けてしまおうか。増子がちらりと思ったその時に、ふわんと甘い香りが鼻をかすめた。
おや?と一瞬不思議に思う。何の香りか確かめようとゆっくり空気を吸い込もうとしたその時、沢村の弾むような声が耳に入ってきた。
「もうオッケーです。増子センパイ、目ぇあけてください!」
その言葉に促されるように、ゆっくり、ゆっくりと目を開ける。
いつのまにか少し俯きがちになっていた増子の目線の先には、肘をついていたローテーブル。その上に、先ほどまでは存在しなかったものが乗っていた。




「おお…!!!」
思わず驚嘆のため息が漏れる。
そこにあったのは、先ほどの甘い香りの正体。
常日頃お世話になっている(毎年新入生を苦しめている特大サイズのアレだ)どんぶりで作られたプリンだった。 ご丁寧に湯飲みに入れられたカラメルソースまで添えてある。
卵色のつややかな表面には、下手くそな「ハッピーバースデーますこさん」という文字がチョコペンで書かれていた。

ゆっくりと目線を隣に移すと、正座の上に握りこぶしを乗せた得意顔の後輩が目をキラキラと輝かせてこちらを覗き込んでいる。
「食堂のおばちゃんに冷蔵庫貸してもらって作ったんすよ」

でっかいからちゃんと固まるように1日がかりで!だからしっかりプリンになってると思います!
こどものような満面の笑みを浮かべながら沢村が言う。
その身体から発せられる「褒めて褒めて」と強請るオーラ。もし彼に尻尾がついていたのなら、高速でぶんぶんと回転しているはずだ。
頭に手を伸ばしてわしわしと力いっぱい撫でてやると、沢村は「増子センパイ痛いっすよ!」と少し眉を顰めながらも、嬉しそうにきゃっきゃと笑い声をあげた。
「ありがとうな、沢村ちゃん」
感謝の言葉を告げたら、キラキラの瞳をさらに輝かせて沢村がこくりと頷いた。
それに笑みを返した後で増子は再び机の上に目を向ける。目にうつるのは、自分のためだけに作られたプリン。
「誕生日おめでとうございます!」
これ、本当は一番に言わなきゃいけなかったっすね。
照れたようにそう言う沢村の言葉が、左耳をくすぐった。
その柔らかい響きに胸がいっぱいになる。増子はもう一度沢村の方へと向き直ると、今度は両手を伸ばして頭をぐしゃぐしゃに掻きまわした。




痛いですやめてくださいよいや感謝の気持ちを伝えないとなもう十分伝わってますってばいやいやまだまだ

じゃれあいながらのふたりの攻防は、もうひとりの同室者の叫びによって終わりを告げる。
「ただいま……って、あー!!!」
ふたりして声のしたほうへと顔を向けると、開かれた扉の前で倉持がどんぶりプリンを指差して固まっていた。
「沢村てめ、その手できたか!」
卑怯だろうよそれは〜!そう言って倉持はガシガシと頭を掻きながら靴を脱ぐ。
「どんぶりプリンはロマンっしょ、やっぱ!」
得意げに胸を張る沢村の頭に、通りすがりにゴツリとゲンコツをひとつ。そうして倉持は増子の右隣にどかりと腰を下ろすと、手にさげていたビニール袋を丁寧にテーブルの上におろした。
中から出てきたのは、コンビニのプリンアラモード。普通のプリンより少しお高めで、日頃はなかなか手が出ない一品。ずずいと目の前にそれを押し出されて、増子の目が丸くなる。
「うわーうまそう!ひとくちひとくち!」
殴られた頭頂部を抑えながらぴーぴーと口を開く沢村に、倉持はてめえに食わせるプリンはねえよ!と応え、器用に増子の体を避けながら蹴りを入れた。
「増子さん、誕生日おめでとうございます」
ニカっと笑って伝えられたその言葉に、増子の胸が再び熱くなる。
「ありがとう」
そう言って増子は倉持の頭に両手を伸ばし、先ほど沢村にしたのと同じように頭をぐしゃぐしゃとかき回した。ツンツンと上向きにセットされた髪が見るも無残に乱れていく。
「ぎゃあ、何するんすか増子さん!いて!いてえって!!!」
「感謝の気持ちだ。素直に受け取っておけ」
「沢村笑ってんじゃねえよ助けろコラ!!!」
「増子センパイの感謝の気持ちを止めるなんてできないっすよ」
「てめえ覚えてろよ!!!」
先輩ふたりの攻防をケタケタと笑って眺めながら、沢村は万が一の危険を回避すべく、ふたつのプリンの乗ったテーブルを部屋の端へと避難させた。





「ほんっと心狭いよねえクリスは」
沢村にみせてやりたいよ、その顔。
パックジュースのストローを咥えながらそう言ってくすくすと笑う亮介に、クリスは片眉を少しあげながらちらりと目線を向ける。
「うるさいぞ、ほっとけ」
そう応える声には力が無い。自分でも大人気ないとわかっているからだ。
クリスが不機嫌な原因、それは今朝増子に見せられた携帯の写真にあった。
昨日の増子の誕生日に同室の後輩たちから贈られたプレゼント。
それを自慢する増子は本当に嬉しそうで、他の3年のからかいの種になっていた。俺達だって祝ってやったのにそれじゃ不満だったのかよと言われて慌てる姿は、しばらくの間ネタにされ続けるのであろう。
増子の気持ちはよくわかる。後輩にそれほどまでに慕われたら自分だって嬉しい。そこに他意がないことだってよく知っている。
それに水をさすつもりはなかったから、クリスだってからかいつつも素直に祝福した。
でも、それとこれとは別にして、抑えがたい感情があるのも事実なのだ。ひとりのときに眉に密かに皺が寄ることくらい許して欲しい。それをわざわざ近寄ってきて穿り返すのは無粋なことではないだろうか。
……無粋と十分承知で、目の前の男は傷を抉ってくるのだ。たちが悪い。
クリスは諦めたようにため息をひとつついた。その姿を見て、亮介が声をあげて笑う。
「仕方ないじゃん、はじめての手料理は家族にって相場が決まってるんだから。諦めていつかを待ちなよクリス」
春市は昔フルーチェ作ってくれたんだけどさあ……。
そこから続く亮介の弟自慢を適当に聞き流しながら、クリスはぐっと眉根を寄せて手にしたコーヒーの缶を大きく傾けると、中身を一気に飲み干した。






20080915


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トウコさんから誕生日(MY☆BIRTHDAY)プレゼントをいただいちゃいましたんば・・・!!!
またも5号室!!ちょおおおおおお!!!ちょおおおおおおおおおおおお!!!!!
増子さんの誕生日をみんなでお祝いとか可愛すぎる!!兄弟愛!好き!
誕生日を祝えてもらえたお兄ちゃんデレンデレンですね^^
私もデレンデレンだ^^!!笑。5号室は本当に可愛いなあ!
そしてやっぱりクリ沢ベースなんですよお!
沢村の初めての手作りを取られてクリス先輩悔しいよ!
乙女過ぎるよクリス先輩!笑。お兄ちゃんとクリス先輩のこのコンビも大好きでございます^^
もーートウコさん本当にありがとうございました〜〜〜!!!




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