「沢村ちゃん、プリン食いたいんだが一旦離れてくれるか?」

テーブルに肘をついてテレビを眺めながら、背中に乗っている重石に声をかける。

べったりと背中に張り付いているヒトガタの重石は、その申し出を拒否するように俺の腰に回した腕にぎゅっと力を込めた。

まったく、仕方がないな。

こどものようなその様に思わず苦笑が漏れる。

そんな空気に気づいたのか、文句を言うように更に腕に力が込められた。

「じゃあ、このまま動くぞ」

協力してくれよ。そう一言声をかけて、立ち上がることはせずに腕と尻を使ってずるずると冷蔵庫のある方に移動を始める。

若干引きずられるようにしながらも、手を離すことなく器用に重石もくっついてきた。










グッドラックマイディア









ガラスのローテーブルに週末に提出することになっている問題集を並べ、なんとなくテレビを眺めながらもシャーペンを動かしていると、バタンと大きな音がしてドアが開いた。

その開け方だけで誰が部屋に入ってきたのかわかる事実に、苦笑しながら頭を抱える。

常に元気の有り余る同室の後輩は、注意したことが端から抜けてしまうことが多い。

「沢村ちゃん、ドアが壊れるといつも言っているだろう」

諌める言葉を口にしながら入り口に目を向けると、 眉根をぎゅっと寄せた、怒ったような泣き出しそうな顔で沢村ちゃんが立っていた。いつもとは随分違うその様子に驚いて言葉を失う。

どうしたんだ?

そう聞こうとする俺の口を塞ぐようなタイミングで、沢村ちゃんが口を開いた。

「すいません。ただいまっす……」

何かを堪えるような、搾り出すような声。

沢村ちゃんは何事かと問う俺の視線を無視するように緩慢な動きでドアを閉めると、俯いて靴を脱ぎ始める。 無言のまま部屋に上がり、持っていた鞄を自分のベッドの上に放り投げると、テーブルの前に座ったままだった俺の真後ろにぺたりと座り込んで背中に額をくっつけた。

そしてそのまま身体ごとべたりとくっつき、俺の腰に手を回してぎゅっと力を込めて抱きついた。

「沢村ちゃん?」

問う声に返事は無く。

しばらくするとくぐもった小さな嗚咽が聞こえ、背中に濡れた熱を感じた。






「クリスと喧嘩でもしたのか?」

重石が背中に乗って約20分。

落ち着いてきた頃を見計らって、テレビのボリュームを下げながら振り向かないままで問いかける。 沢村ちゃんはびくりと小さく震えた後、額を背中にくっつけたままでぐりぐりと擦り付けるように頭を振った。

喧嘩なんてしてません。そう吐き捨てるように呟いて、すん、と鼻をすする。

「“喧嘩”になんてならないですもん……」

それは落としたはずのテレビの音にすらかき消されそうな、ちいさなちいさな声だった。



クリスと何かあったことは間違いないようだ。

さてこれは話を聞いたほうがいいのか、放っておいたほうがいいのか、聞いたほうがいいならどうやって話を引き出そうか。

何が最善の方法なのかを悩みながら、先ほど冷蔵庫から取り出したプリンの蓋に手をかける。言葉のない空間の中で、プラスチックの剥がれるペリペリという音がやけに大きく響いた。

その音に混ざるように、小さな沢村ちゃんの声がぽつりと落ちる。

「先輩は、俺のこと信じてないのかな……」

そしてそれきり口を噤む。ぽとりぽとりと、俺の背中に新たな涙が落ちた。



「そんなことはないぞ」

反射的にそう声が出た。発した自分も驚くような、毅然とした言葉だった。

その言葉に驚いたように沢村ちゃんががばっと身体を起こす。

こどものように甘えてくる沢村ちゃんを可哀想に思いながらも可愛いと感じるのは抗いがたい事実で。額が離れて軽くなった背中を少し残念に思いながらぐるりと首を後ろに向けた。

涙に濡れたまん丸な目でこちらを見ている沢村ちゃんに、笑顔で頷いてみせる。

喧嘩の理由はわからない。沢村ちゃんも言うつもりがないようだ。それならば、無理に聞き出す必要はないと思った。
ただ俺は、俺が知っていることを教えてやればいい。そんなことはあり得ないのだと、その事実を告げるだけでいい。そう思った。



クリスがどれだけ沢村ちゃんのことを見ているか。どれだけ欲しているか。

沢村ちゃんがクリスの隣にいることがどんなに尊いことなのか。どんなに感謝しているのか。

沢村ちゃんといることでどんなにあいつが変わったか。

その自覚がクリスにはある。そんなやつが、沢村ちゃんを信じていないなんてありえない。

クリスと長く濃い時間を共に過ごし、そして今、近い場所でふたりを観ている者だからこそわかることがある。きっと、他のやつらだって同じ事を言うだろう。

「クリスは沢村ちゃんを信じてないわけじゃなくて、沢村ちゃんのことが好き過ぎるんだ」

だから我侭になるんだろう。

沢村ちゃんが無理やり我慢する必要はないが、そう思ってちょっとだけ甘やかしてやってくれ。


俺の話を聞く沢村ちゃんは、瞬きを忘れたように大きく目を見開いてぽかんと口を開けている。 安心させるように握り締めた拳をぽんぽんと叩いたら、くしゃりと顔を歪ませて泣き笑いみたいな表情になった。

「……そうだといいなぁ」

ちいさな呟きが、空気に溶けた。







「食べるか?ひとくち」

プリンをひと匙山盛りにすくい、振り返ってスプーンを軽く掲げてみせた。

沢村ちゃんは一瞬きょとんと目を見張った後でぱあっと笑顔になる。だいぶいつもの調子が戻ってきたらしい。 抱きついた腕を離さないままで首を伸ばして大きく口を開ける。

かぷりとスプーンに食らいついた瞬間、ドンドンとドアをノックする音が部屋に響いた。

「入るぞ」

そう言いながら入ってきたクリスが、ドアを開けて室内を覗いた瞬間ぎくりと固まる。

自分以外の人間にべったりとくっついて、手ずからプリンを食う。自分の恋人のそんな姿を見たくないのは当然だろう。たとえ兄弟のようだと周囲から揶揄される者が相手でも。本人たちに何の気が無くても。

みるみるうちにクリスの眉が寄っていく。不機嫌そうな視線を受けて背中に張り付いている重石がびしりと固まるのがわかったが、俺はそんなクリスがおかしくて笑いがこみ上げるのを止められなかった。


これまでクリスにこんな表情をさせる人間がどこにいただろう。そんなのどこにもいやしない。

これからどれだけ出てくるというのだろう。きっとそんなの、この先もずっと出てきやしない。

それがどんなに凄いことなのか、知らないのは多分本人だけなのだ。


お前は相当凄い奴なんだぞ、沢村ちゃん。


抑え切れなかった笑いをくすりと小さく漏らして、後ろ手に固まったままの沢村ちゃんの頭をぽんぽんと撫でる。その感触に驚いたのか、ふっと巻きついた腕の力が抜けた。
それをゆっくりとほどき、立ち上がる。そして入り口に立ったままのクリスに目を向けた。

「今日は他の場所で寝てくるから。ちゃんと話をしろ」

倉持にも言っておくから。

そう言って、驚いたような不安そうな顔でこちらを見上げている沢村ちゃんを安心させるように笑顔を送り、携帯と枕を持ってドアへと向かう。

「あんまり泣かしてくれるなよ?」

すれ違いざまにそう告げたら、クリスは一瞬目を見張った後、柔らかい苦笑を投げてきた。






「宿題はいざとなったらクリスに見せてもらうかな」

明日から始めても十分間に合うとは思うのだが。最悪の場合、頼んでもクリスは拒否できないだろう。 机の上に出しっぱなしにしてきた問題集のことをちらりと思い出しながらそう考える。

廊下を歩きながら、倉持に送るメールを作った。

『馬鹿ップル警報発令。部屋に帰ると危険。本日は別の部屋にて待機』

めんどくせえ奴だと、メールを読みながら沢村ちゃんに悪態をつく姿が容易に想像できる。

その様を思って笑みを浮かべながら、今日はどこに避難しようかと考えを巡らせた。








20080620


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ま・た・も・や!トウコさんから誕生日(1周年記念)祝いをもらっちゃいましたよ・・・!!
しかも5号室!!ちょおおおおおおおおおおお!!!
トウコさんは私をモエでメロンメロンにする気ですね!
わーん可愛いよ〜増子さんと沢村の兄弟話!しかもクリ沢ベース!やばい悶える。
3兄弟の仲の良さにクリス先輩も嫉妬してたらいいよ!これだけでご飯3杯いけますね!
本当にありがとうございましたーーー!!!




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